シーシュポスの神話

昨日から発熱しました。

発熱だけで他の症状特になし。

とりあずコロナやインフルの検査はしておきます。

会社は休む予定です。

陰性

検査はコロナもインフル陰性です。

発熱原因不明ですが、休んでれば直るでしょう。

クレーム

昼前にクレーム発生。

微熱はありますが、体は動くので現場に向かいます。

待ちぼうけ

1時間かけて甲府の現場に着きましたがお客様はいません。

なんか良く分からないですが、しばらく待ちます。

空振り

2時間ぐらい待ちましたが、誰もきません。

仕方ないので帰ります。

こんな日もあります。

熱も下がってきました。

シーシュポスの神話

アルベルト・カミュ

不条理の哲学について書かれる本ですが、かなり難解です。

以下要約

シーシュポスの神話に見る、ただ無益なことを実践し続けること。

シーシュポスとはギリシア神話に登場する死の神 タナトスを騙した人物。地獄の一番奥深いタルタロスという場所で、神を冒涜した重罪人として幽閉されます。

シーシュポスは神々の神であるゼウスから罰を受け、ここに送られたのです。その刑罰は山に大きな岩を押し上げること。ゴツゴツとした斜面を、岩を背に運び、やっと頂上に辿り着くと、岩はそれ自体の重さで、山の下まで転げ落ちてしまう。

伝説、民話

シューシポスは再び、それを押し上げ運ばなければなりません。神の呪いを受けて、無限に続くこの無益の努力を繰り返すのが、彼の受けた罰です。永劫の罰。この罰を永遠に果たすことが、シューシポスの運命です。

神にとって人間は皆、このシーシュポスなのです。しかし神がいない世界では、どうなるのか?

カミュは、このシーシュポスの行為を肯定的なものとして捉えます。

人間の営みとは、まさにこのような<不条理><無償>の連続である。しかしそれを引き受けることが、自殺ではなく再起につながることであり<人間の尊厳>を保つことではないか。

カミュは、幸せなシューシポスを想像しなければならないというのです。

<シューシポスの神話>はこう結ばれます。

ぼくはシューシポスを山のふもとにのこそう!ひとはいつも、繰返し繰返し、自分の重荷を見いだす。しかしシューシポスは、神を否定し、岩を持ち上げるより高次の忠実さを人に教える。かれもまた、すべて、よしと、と判断しているのだ。

引用:アルベール・カミュ シーシュポスの神話

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